2001.5.29 (Tue)
▼ キアスーのイロハ(その1) [words]
中国系のシンガポール人が話す英語には独特のクセがあって、慣れるのにちょっと時間がかかる。中国語そのものの言葉の並びがそのまま英語になっていたり(「要りますか?」という意味の中国語「要没要?」がそのまま「You want or not?」になる)、シンガポールでしか聞けない単語があったりする。これが「シングリッシュ」だ。
独特の言葉としていちばん有名なのは「KIASU 」。「キアスー」と「スー」にアクセントを置いて発音する。これを一言で表すのは難しいけど、人に遅れを取ったり、自分だけが損したりすることを極端に嫌う(=誰よりも自分が有利になりたいと切望する)性格のこと。「がめつい」に近かったり、「負けん気が強い」になったり、「見栄っぱり」の姿を取ったりして、やたらと守備範囲が広い。
Comics from Singapore: Mr. Kiasu http://web.singnet.com.sg/~jennlee/comics.htm
なにしろ「Mr. Kiasu」というキャラクターを主人公にしたマンガがあるくらい有名な言葉なんだけど、なにしろ変幻自在すぎて、これを一言で表現するのは難しい。
で、このニュアンスをどう言い表せばいいんだろうと思っていたところ、こんなものをみつけた。
A to Z of Mr. Kiasu's Philosophy http://www.htzone.com/hydra/kiasu.htm
「A to Z」というくらいだから、そもそもキアスーなる深淵な思想は一言では言い尽くせないものなのだったのだ。
2001.5.30 (Wed)
▼ キアスーのイロハ(その2) [words]
そこで、これを「キアスーのイロハ」にしてみると:
イ)いつも勝たぬと気がすまぬ
ロ)ろくに借りたもの返さない
ハ)破格に安くて当たり前
ニ)人間だれも信じない
ホ)ホントに何でも取りまくり
ヘ)偏屈なまでに好き放題
ト)とにかく貰って、話は後で
チ)治外法権な御振る舞い
リ)理で詰めるよりミーイズム
ヌ)盗人たけだけしく横入り
ル)ルンルン気分で「まだ頂戴」
ヲ)おっと、安売りやってるじゃん
ワ)私の顔は潰すなよ
カ)呵々大笑の恥知らず
ヨ)世の中だれにも負けたくない
タ)たっての願いでようやく払う
レ)礼儀は余裕のある時だけ
ソ)損気は短気で補う構え
ツ)つまらぬものでもタダなら歓迎
ネ)寝ても覚めても取ることばかり
ナ)ないも同然、タダじゃなきゃ
ラ)楽することなく一番目指す
ム)むやみに何でも取りたがる
ウ)有無を言わさず余計にもらう
ヰ)いきなり怒鳴って取るだけ取る
ノ)ノーとイエスを一緒に言う
無理矢理イロハにしたこともあって、原文以上に酷い口調になってるような気もする。でも、シンガポールの人たちは時に自虐的なくらいの自嘲を込めて、しかし何故か楽しそうに「キアスー」な国民性を語る。ご覧の通り、国民性として語るにはあまりにもヒドイことばっかりなので、最初の頃はどういうワケで「キアスー」性論議があんなに盛り上がるのか分からなかった。
2001.5.31 (Thu)
▼ キアスーのイロハ(その3) [words]
もちろん、多くのシンガポール人にとって、自分に最も近しいアイデンティティは「シンガポール人」ではなくて、「福建人」に「潮州人」、それから「マレー人」に「タミール人」だったりすることで、シンガポールなる抽象的な「国民性」を他人事として語ることができる、と考えることもできそうだ。
でも、それ以上に説得力を持ったセオリーがある。っていうか、私が勝手に思ってることがある。実はこれ、政府批判っぽく聞こえるのだ。
建国以来、シンガポールは反福祉国家を標榜し、自助努力を顕揚し、追いつけ追い越せを目標に掲げてきた。なにしろ建国してから約30年の間ず〜っと社会進化論者&優生学信奉者のリー・クワン・ユー首相だから、そこいらのモーレツ度は日本の比ではない。「貧乏人は麦を食え」の池田勇人が90年代まで首相であり続けてもかなわないと思う。
というわけで、倦まずたゆまず、機会収益を最大化し、同時に機会損失を最小化することがシンガポールの人のあるべき行動形態として顕彰されてきた。で、この行動形態を26個の細目にブレークダウンすると、他人を蹴散らしてでも自分の利益を最大化して、常にナンバー1を目指す、という「Mr. Kiasu の哲学」に近くなるような気がする。
そんなわけで、「キアスー」な国民性が自虐的に語られる時、これまであまりに厳しく自助努力を「奨励」してきた政府の方に「虐」の矛先が向けられているのではないかと思うのだ。