2002.9.4 (Wed)
▼ 谷川俊太郎「倉渕への道」 [words]
本を整理していたら、谷川俊太郎の詩集「世間知ラズ」が出てきた。
「父の死」という詩ではじまる「世間知ラズ」という詩集には、1989年に父・谷川徹三が亡くなった直後の1990年から約3年間の間に書かれた谷川俊太郎の詩が収められている。
やっぱり谷川俊太郎。
ここでも軽やかなフットワークで藪から棒に観念を宇宙規模に膨らませる芸当は健在だけど、その中にあってきわだって写実的かつ静かな印象を与える「倉渕への道」の方が、じつは「宇宙」とか「静寂」とか「孤独」とかいったものをより強く感じさせるような気がする。
倉渕への道は曲がりくねっている
北側には低い山が連なり
南側には川が流れているらしく水音がするなだらかに山へと向かう野に時折小道が通じていて
灌木のあいだに点々と花が咲いている
遠くから見ると目立たぬ花々だが
近く寄って摘もうとすればみなこまやかに美しい倉渕への道の途中で女と花を摘んで束ねた
知っている花の名は僅かだった
もろもろの観念の名は数多く知っているのに六十年前に父が建てた小さな家に花をもち帰り
針金で繕ってある白磁の壺にいけた
死後にこの日のことを思い出せるといい
言葉をすべて忘れ果てたのちに(思潮社 谷川俊太郎「世間知ラズ」 p.22-3)