更新日: 2003/10/09




2002.9.4 (Wed)

谷川俊太郎「倉渕への道」 [words]

本を整理していたら、谷川俊太郎の詩集「世間知ラズ」が出てきた。

「父の死」という詩ではじまる「世間知ラズ」という詩集には、1989年に父・谷川徹三が亡くなった直後の1990年から約3年間の間に書かれた谷川俊太郎の詩が収められている。

やっぱり谷川俊太郎。

ここでも軽やかなフットワークで藪から棒に観念を宇宙規模に膨らませる芸当は健在だけど、その中にあってきわだって写実的かつ静かな印象を与える「倉渕への道」の方が、じつは「宇宙」とか「静寂」とか「孤独」とかいったものをより強く感じさせるような気がする。

倉渕への道は曲がりくねっている
北側には低い山が連なり
南側には川が流れているらしく水音がする

なだらかに山へと向かう野に時折小道が通じていて
灌木のあいだに点々と花が咲いている
遠くから見ると目立たぬ花々だが
近く寄って摘もうとすればみなこまやかに美しい

倉渕への道の途中で女と花を摘んで束ねた
知っている花の名は僅かだった
もろもろの観念の名は数多く知っているのに

六十年前に父が建てた小さな家に花をもち帰り
針金で繕ってある白磁の壺にいけた
死後にこの日のことを思い出せるといい
言葉をすべて忘れ果てたのちに

(思潮社 谷川俊太郎「世間知ラズ」 p.22-3)



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