2001.1.7 (Sun)
▼ 大岡信「地名論」 [words]
筑紫哲也の「ニュース23」で「私の好きな詩」というのをやっていた。いろんな人が自分の好きな詩を一つ紹介するという趣向。この番組、かなり「カッコわるい」ことを平気でやり続けるところがいい。
でも、ここで紹介された詩には、慰められたり、勇気づけられたり、考えさせられたり、といった実用的な機能を持ったものが多かった。それはそれでいいんだけど、実用的な機能を何も持たない完璧な言葉の集まり、というパターンの詩もあって、私はそっちの方が好きなのだ。
てなわけで、「役立たず」なジャンルの代表作を。
地名論
大岡信
水道管はうたえよ
御茶の水は流れて
鵠沼に溜り
荻窪に落ち
奥入瀬で輝け
サッポロ
バルパライソ
トンブクトゥーは
耳の中で
雨垂れのように延びつづけよ
奇体にも懐かしい名前をもった
すべての土地の精霊よ
時間の列柱となって
おれを包んでくれ
おお 見知らぬ土地を限りなく
数えあげることは
どうして人をこのように
音楽の房でいっぱいにするのか
燃えあがるカーテンの上で
煙が風に
形をあたえるように
名前は土地に
波動をあたえる
土地の名前はたぶん
光でできている
外国なまりがベニスといえば
しらみの混じったベッドの下で
暗い水が囁くだけだが
おお ヴェネーツィア
故郷を離れた赤毛の娘が
叫べば みよ
広場の石に光が溢れ
風は鳩を受胎する
おお
それみよ
瀬田の唐橋
雪駄のからかさ
東京は
いつも
曇り
大岡信の詩集を持っているわけじゃなくて、丸谷才一「遊び時間」(中公文庫)pp.40-2 から採った。そういうわけで、「books」じゃなくて、「words」なのだ。