更新日: 2003/10/09




2001.4.6 (Fri)

情けは人のためならず(その1) [words]

「情けは人のためならず」ということわざには二通りの解釈がある。

1)情けをかけるのは、人のためではなく自分のためである。
2)情けをかけると、人のためにならない。

本来は1)の意味で使われていたんだけど、最近では2)の意味で解釈する人が増えているらしい。古い人間である私は、この言葉を1)の意味合いで解釈している。

だから、昨日の夕方、スターバックスで珈琲を買って店を出ると、スタンプカードを落っことした人がいたから、すぐに「これ、落ちましたよ」と差しだそうとした。

ちょっと訂正。「スタンプカードを落っことした人」をはっきりと確認したわけじゃない。スタンプカードが地面に落ちるのを見た。で、落下の角度ならびにその時の人通りからみて、それを落としたのは

1)恵比寿駅に向かう男性二人組み
2)駅とは反対方向に向かう一人の女性

のどちらかに違いない、と思った。

「スタンプカードを落っことした人」候補の二組はそれぞれ反対方向に歩いているから、どっちに「これ、落ちましたよ」とやるかをすぐに決めないといけない。まさにポール・オースター的二者択一状況である。

そこで2)の女性を追いかけることにした。言っとくけど、女性だから追いかけることにしたわけではないからね。

男性二人組みは駅に向かっている可能性が大で、少なくとも駅の手前の三井住友銀行(住友三井?)までは直線コースをたどる。一方、女性の方はすぐさまスタバに入るかも知れないし、そのまま中目黒方面にまっすぐ歩くつもりかも知れない。それに、スタバの先を曲がって、ガーデンシティを目指している可能性だってある。だから、その女性が落としたんじゃないと分かった段階で、反対方向に引き返せば、(たぶん)二人組みに追いつくはずだ。こういう完璧なロジックのもとに判断を下したのである。(どうしてこの判断力が仕事に活かせないんだ?)

そんなわけで、女性に追いついて「これ、落としませんでした?」と聞いたら、「いいえ」と、すげない返事。とてもイヤそうな顔さえしている。な〜んだ、二人組みの方だったのか。と、駅方向にUターンしてしばらく歩くうちに、女性の「イヤそうな顔」の原因が分かった。

これ、ナンパあるいはキャッチセールスの類だと思われたのだ、きっと。たしかにスターバックスのすぐ手前を歩いていて、後ろから突然そんなことを尋ねてくるやつがいたら、きっと自分でも警戒態勢に入ると思う。

違うんだよ〜っ。

と心で叫んでいるうちに、三井住友銀行の前の横断歩道を渡る男性二人組みが見えた。これはどうあってもカードを差し出して、正当に感謝されるのが今日の私の使命のような気がしてきた。



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2001.4.7 (Sat)

情けは人のためならず(その2) [words]

急いで歩道を渡りながら見ると、男性二人組みは駅に通じるエスカレーターの手前で左に曲がる。およ、どこに向かっているのだ、と見る間に公衆トイレに入った。

さっき以上の二者択一状況。

1)トイレの中まで入って、「これ落としましたよ」とカードを差し出す。
2)トイレから出てくるのを待って、「これ落としましたよ」と差し出す。

もちろん、トイレから出るなり「これ、落としましたよ」と言ってくるヤツにも疑いの目は向けられる可能性はあるわけだが、トイレの中まで入ってきて「これ、落としましたよ」なヤツは100%怪しい。だから、ここで1)を選択するのは間違い。

でもねえ、スタバで珈琲買って、さあ帰ろうっ、今日は金曜日だ!的状況だったらトイレの前でちょっとくらい待ってもいいかと思うけど、珈琲を飲みながらちょっと散歩、その後はオフィスに戻って仕事の続きだ(ためいき)な心持ちだったりするから、ここは早急に決着を付けたいのだ。

それに、落としたのはさっきの女性じゃないことがハッキリしてるから、落としたのはこの二人以外ではありえないような気になっている。

そんなわけで、動物占いでは「フットワークの軽いコアラ」であるところの私は、すかさずトイレの中に踏み込み、まだ用を足してる最中の二人の背中に向かって「これ、落としませんでした?」と尋ねたら、さっきの女性よりもさらに険しい警戒態勢な顔で(なにしろ振り向いた顔以外は「手が離せない」のだ)「いえっ」とキッパリ言われてしまった。

まあ、これってスゴイ状況だよね。

ナンパではありえない(ここは恵比寿であって、サンフランシスコのダウンタウンの一角ではない)。もちろんキャッチセールスではない(購買意欲を喚起するシチュエーションとして、これほど最悪なものはない)。だから、いきなり背後から質問を受けた二人組みは一体何事が起きているのかまったく理解できなかったはず。まさしくそんな顔だった。

やれやれ。

かくして私の手元には1枚のスタンプカードが残った。とりあえず「これ、落としましたよ」と差し出す努力は払ったんだから、これ、自分のカードに付け足してもバチは当たらないんじゃないか?と、腹ぺこのキリストにささやく悪魔の声みたいなのが聞こえてくる。

なにしろ「フットワークの軽いコアラ」だ。キリストの自制心を持ち合わせているワケもなく、私はすでに9分9厘、この甘言にのっていて、「スタンプを1コ押したくらいのカードなんて要らないよな」とカードを開く。なんとスタンプは2コ押してある。

集めようとしていたわけか。

う〜ん、ちょっと気が引ける。それに、ここまで宗教的な情熱を燃やして使命感達成に努力してきたんだから、これは最後までやることにしようかねえ。情けは人のためならず、である。そこで、仕事を終えた後、スターバックスに寄って「これ、店の外に落ちてましたよ」とカードを手渡して帰ることにした。

そんなわけで、近日中に私の身に良い事が起きないようであれば、「情けは人のためならず」の本当の意味は、「3)情けをかけたからといって、それが自分のためになるとはかぎらない」なのである。



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