2000.12.2 (Sat)
▼ What the hel...(その1) [words]
いったん人混みを抜けてしまえば、渋谷HMV(のできるだけ上のフロア)はなかなか心地よい場所だけど、タワーレコードに比べて試聴できるCDの数が少ない。だから、A[etc]y Corre[etc]aの「Carn[etc]val Love」というアルバムを見つけたのは、渋谷のタワーレコードだった。
A[etc]y Corre[etc]aって人がどんな人なのかぜんぜん知らないし、altav[etc][etc]taで検索してみてもロクな情報が引っかかってこない。となれば、これから先も詳しいことは知らずじまい、ってことになりそな気配だけど、とにかく、すごくいい声をしていて、すごくいい詞・曲を書く。
ルー・リードとか、スザンヌ・ベガといったニューヨーク・フォークの路線で、ストーリー性のある凝った歌詞。一昔前に局所的に大流行した後、一瞬にして消えた「ミニマリズム」と呼ばれるアメリカの短編小説みたいな感じだ。
例えば、「The B[etc]ke」。
大叔父(祖父母の兄弟)から譲り受けた「戦車みたいな」シアーズ・ローバック製の1952年型自転車。赤くて、さび付いていて、タイヤは両方ともペチャンコ。でも、きれいにして、空気を入れて、赤信号だろうがお構いなしにビュンビュン走り回れば、あ〜楽し。
Hey ju[etc]t r[etc]d[etc]ng around r[etc]d[etc]ng around on [etc]t
Hey you know I'[etc] r[etc]d[etc]ng around r[etc]d[etc]ng around on [etc]t. Hey!
みたいにすごくフツーの(そしてノーテンキな)ギターポップ風なメロディの合間に、大叔父さんのパットの話がこんな風に語られる。
海辺に建つ小さな家でパットが亡くなったのは1991年のクリスマスの時期。酔っぱらって車から転げ落ちて、クリスマスの飾り付けの中に顔を埋めた。2日後にパットを発見したのは主人公の父親だった。
彼の葬儀が行われたのはその数日後。結婚もせず、子供もいなかったパットの葬式には、ほとんど出席者もいない。彼の妹は、ペッパーという名のプードルの写真(a p[etc][etc]ture of a poodle na[etc]ed pepper)をパットの手に置き、そして泣いた。
冷たく澄みわたった空から雪が舞い降りてきた。軍隊でのパットの功労を讃えて国旗が彼の妹に手渡される。
1952年。パットがこの自転車に乗りはじめた頃、彼は人生をスタートしたばっかりだった。自転車はピカピカで、パットは若くてハンサムで、王様の前に置かれた料理のように、彼の人生は彩りにあふれていた(The world wa[etc] al[etc]ve w[etc]th [etc]ean[etc]ng)。
ね、あなどれない歌詞でしょ?
2000.12.3 (Sun)
▼ What the hell...(その2) [words]
1952年に自転車を乗り回していたパットが、その後過ごすことになる軍隊の日々が、ベトナム戦争の時期にピッタリ重なるってことをぜんぜん表に出してないところがミソで、そこいらの構図の取り方はビクトル・エリセの映画「エル・スール」を思い出したりする。
とてもいい曲だ。
が、ここにひとつの大きな問題。すごく重要なところで、事実関係が全然分からないところがある。それはパットの葬儀の場面。
And snow flew around in the air
And a hired man from the State
He played taps on a coronet
And a flag was presented to his sister
For time he spent in the service Pat had spent
「He played taps on a coronet」って、何やってるんだ?
後で国旗を手渡したりするわけだから、まさかタップダンスを踊るワケにもいかないし。「coronet」てのは、小さな王冠みたいなもんだから、パットの頭に王冠形の花飾りみたいなものを乗っけたのかな?でも、「played taps」はどうなったんだ?それを叩くってわけか?まさか。
ここまでいい感じで聞いてきて、いざ大詰めの前段というところで、「played taps on a coronet」って何をやっておるのだ?的疑問のループに入り込む。曲に集中できない。「K」の「Crumbly Butterfly」の時といっしょで、こういうところで引っかかると、聴くたびに同じ疑問をいだいてしまう。
かくなる上は、実際にお葬式がどう執り行われるかを見る以外にこの謎を解明することはできないぞ。
そう思って、
Funeral-Cast
http://www.funeral-cast.com/
(なんと、実際のお葬式がストリーミングされてるのだ)
にアクセスし、「最近のお葬式を見る」メニューの中にあるドナルド・フレデリック・マッケンジーさん(享年85歳)のお葬式を見てみることにした。
でも、(当たり前だけど)本当に本当のお葬式がはじまっちゃうのである。神父さんが「ドン・マッケンジー」さんの人となりをしめやかに語りはじめると、「こんな不純な動機で、ドン・マッケンジーさんのお葬式を56分間通して見るなんていけないことであるぞ」と思い、すぐさまウィンドウを閉じた。
そういうわけで、「played taps on a coronet」が何を意味するのか、そして、ドン・マッケンジーさんのお葬式で「played taps on a coronet」に相当する「何か」が行われたのかどうか、結局分からずじまいだ。