言葉と本と映画な毎日
日記
言葉の話
本の話
映画の話
いろいろな話


急いで歩道を渡りながら見ると、男性二人組みは駅に通じるエスカレーターの手前で左に曲がる。およ、どこに向かっているのだ、と見る間に公衆トイレに入った。

さっき以上の二者択一状況。

1)トイレの中まで入って、「これ落としましたよ」とカードを差し出す。
2)トイレから出てくるのを待って、「これ落としましたよ」と差し出す。

もちろん、トイレから出るなり「これ、落としましたよ」と言ってくるヤツにも疑いの目は向けられる可能性はあるわけだが、トイレの中まで入ってきて「これ、落としましたよ」なヤツは100%怪しい。だから、ここで1)を選択するのは間違い。

でもねえ、スタバで珈琲買って、さあ帰ろうっ、今日は金曜日だ!的状況だったらトイレの前でちょっとくらい待ってもいいかと思うけど、珈琲を飲みながらちょっと散歩、その後はオフィスに戻って仕事の続きだ(ためいき)な心持ちだったりするから、ここは早急に決着を付けたいのだ。

それに、落としたのはさっきの女性じゃないことがハッキリしてるから、落としたのはこの二人以外ではありえないような気になっている。

そんなわけで、動物占いでは「フットワークの軽いコアラ」であるところの私は、すかさずトイレの中に踏み込み、まだ用を足してる最中の二人の背中に向かって「これ、落としませんでした?」と尋ねたら、さっきの女性よりもさらに険しい警戒態勢な顔で(なにしろ振り向いた顔以外は「手が離せない」のだ)「いえっ」とキッパリ言われてしまった。

まあ、これってスゴイ状況だよね。

ナンパではありえない(ここは恵比寿であって、サンフランシスコのダウンタウンの一角ではない)。もちろんキャッチセールスではない(購買意欲を喚起するシチュエーションとして、これほど最悪なものはない)。だから、いきなり背後から質問を受けた二人組みは一体何事が起きているのかまったく理解できなかったはず。まさしくそんな顔だった。

やれやれ。

かくして私の手元には1枚のスタンプカードが残った。とりあえず「これ、落としましたよ」と差し出す努力は払ったんだから、これ、自分のカードに付け足してもバチは当たらないんじゃないか?と、腹ぺこのキリストにささやく悪魔の声みたいなのが聞こえてくる。

なにしろ「フットワークの軽いコアラ」だ。キリストの自制心を持ち合わせているワケもなく、私はすでに9分9厘、この甘言にのっていて、「スタンプを1コ押したくらいのカードなんて要らないよな」とカードを開く。なんとスタンプは2コ押してある。

集めようとしていたわけか。

う〜ん、ちょっと気が引ける。それに、ここまで宗教的な情熱を燃やして使命感達成に努力してきたんだから、これは最後までやることにしようかねえ。情けは人のためならず、である。そこで、仕事を終えた後、スターバックスに寄って「これ、店の外に落ちてましたよ」とカードを手渡して帰ることにした。

そんなわけで、近日中に私の身に良い事が起きないようであれば、「情けは人のためならず」の本当の意味は、「3)情けをかけたからといって、それが自分のためになるとはかぎらない」なのである。


April 7, 2001

言葉と本と映画な毎日
日記
言葉の話
本の話
映画の話
いろいろな話