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KING3LDK:
(以下3)
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「いよいよ更新!!『ディープトウキョウ伝説』。今回はファッション激動編と言う事で、行くよォ〜!!、サブカルキングこと、ラテンラスカズ イン ザ ハーウス!!。」 |
ラテンラスカズ:
(以下ラ) |
「はいっ!、昔ハウスマヌカンやってました!。」 |
| 3: |
「ハ、ハ、ハウスマヌカンて…(泣)、時代から言うと『夜霧のハウスマヌカン』っつー所やネ(笑)、えーカズ君は、古着屋からミルクボーイ、そしてブレイクビーツと洋服には縁深いんですが、まずどの辺から影響を受けたんでしょう?」 |
| ラ: |
「今でこそ、自分のすきな物はハッキリしてるけど、昔はとにかく音楽絡みのサブカルが好きだったから、テクノポップ聴いてテクノカットしたりして…。音楽も好きだったけど、洋服も好きだったなぁ、あとスラッシャー(ファッション)ってのもあったね、元ジーパン屋の3kにその辺の事若いコに説明してもらいましょう。」 |
| 3: |
「元ジーパン屋の3k改め3LDKなんですけど(笑)、当時はスケーターファッションが大ブームでって言っても、スケーターっつーのも死語なんですが。とにかくあん時は、ネコもシャクシもそんな感じで、ステューシーやなんかもこの頃着てた…。いやいやその前にトラックスーツの時代があるなぁ。因みに僕は、アディダスの青ラメジャージでした(今考えたらごっついジャージ)」 |
| ラ: |
「あの頃のB-BOYのインパクトったら、半端じゃ無かったからね、ルイヴィトンやらグッチやらのトラックスーツは今の時代作れないんじゃ無いの?、勿論ブートレッグなんだけど。あっブートレッグって言う言葉もこの頃使われ出した様な…、トラックスーツだけじゃ無くて、スーパースターのラインが、ヴィトン柄なんてのもあって、当時そんなん着て電車乗ってると、シャネル&ボディコンのネーちゃんに話しかけられたりって言う逸話も…。」 |
| 3: |
「今でこそモノグラムなんてのは、どのブランドもやってて、街中でよく見るパクリデザインの代名詞なんですけど、あの時は、まんま、もうまんまヴィトン…(笑)、絶対無い物がいっぱいあった、サンローランのペラッペラのキャップとか、3回洗濯するとテロンテロンになるシャネルのTシャツとか、いずれも本物には絶対無いアイテム(笑)、最近の巧妙な偽物とはまったく違う、でも『こんなん本物である訳が無い!』と言うブートグッズでもそーとー凝った物もあった、例えば、グッチの皮のトラックスーツとか。」 |
| ラ: |
「とにかく当時のBーBOYはブランドしこうで、前にでたブランドは勿論、B,M,W、メルセーディ(B-BOY風に)のエンブレムを首からぶらさげるのが流行ってて、NYあたりでは、よく盗まれてたらしい。とにかく、B-BOYスタイルは物凄いインパクトがあった、と言うか、ほとんど悪ノリかも、でもあの感覚がHIPHOP。」 |
| 3: |
「たしかにヴィトン、シャネル、グッチ、イヴサンローランが今でも超高級なブランドとして有名なんですが、当時蔓延してたブート中でも、シャネル、サンローランなんかは東京のストリートでしか、そのブートレッグを見る事が出来なかったはず、多分中川ヒサコ、タイクーントッシュ(注1)なんかの影響で…。」 |
| ラ: |
「シャネルね、あれは何故か東京だけだった様な…、中川ヒサコがシャネルのモデルをしてたからかなぁ?、考えてみたら、そんな高級ブランドも、あの頃からするとたま〜にストリート物を出してて、エルメスが何故かリストバンドだったり、最近だったら、グッチのスキーゴーグルだったり、あとヴィトンでレコードバッグ出した時の広告がグランドマスターフラッシュでビビッた。」 |
| 3: |
「ふむふむ、そのころフレッシュプリンス&ジャジージェフ(注2)は何故かベネトンでレコジャケを飾ってた(泣笑)。で話しを戻すと、中川ヒサコと言う人は、オーキッズ(注3)と言うラップグループのMC、それでいてシャネル、ビビアンウエストウッドのモデルでもあった。今では考えられないんですが、ビビアンは当時のヒップホップ&クラブカルチャーで大人気のブランドでした、パンク→ニューウェイブ→ヒップホップっつー感じで流れ着いたトンガリキッズが、ボンテージパンツにスーパースターで渋谷を闊歩した時代。」 |
| ラ: |
「マルコム(注4)にしてもそうだけど、本当に音楽が好きなデザイナーがやってるブランドって面白い、僕が働いてたMILKの大川ヒトミさんは、プラネットロックが大好きで、OLD SCHOOLのレコードいっぱい持ってたし、メンズビギはレゲエ好きが興じて、スレンテンのレコード出してた時もあった。」 |
| 3: |
「メンビギは、今回絶対登場するだろうと思ってた、僕も当時高校生で服自体は高くて買えなかったんですけど、ビデオなんかは面白いのを出してた、いや店頭で流しとくヤツか?あれは、なにせ面白かった、なんか海の映像バックに黒人の男の人がメンビギでキメて、延々ジャックスイングしてる…、だらだら30分くらい。でMILKと言えば、グッドイナフが売ってた、確か。」 |
| ラ: |
「実は昔凄い好きで、いっぱい持ってた、グッドイナフあたりからもろヒップホップっぽい物とか着なくなった、その頃のヒップホップファッションはクロスカラーズとかだったし、ヒップホップ(当時の)まったく聴か無くなった、オールドスクールは買ってたけど、この頃のヒップホップにはどうも魅力を感じなくって…、だからレコードより服とかスニーカーを買ってた、GAP、カルバンクライン、パナナリパブリックあたりもヒップホップ感覚で着てた。」 |
| 3: |
「うんうん、でもむしろGAP、CK、バナリパは当時のB-BOYファッションの最先端、時代はニュースクールラップ全盛、デラなんかもバナリパ着てた。グッドイナフはシンちゃん(スケシン)がデザイナーしてて、HFAで藤原ヒロシ氏が着て一躍注目を浴びたブランド、当時は何故か、ステューシーなんかと並んで、海外のブランドだと言う噂も流れた。」 |
| ラ: |
「アナーキックアジャストメントとかもあった、そう言えば、今でこそ当たり前にみんなしてるけど、チェーン付きの財布とかもこの頃で出したんじゃ無い?…。財布と言えば、この間DMRに来たB-BOYの胸元から出て来た財布が、クリームソーダの豹柄の財布で、良い意味ビックリした。」 |
| 3: |
「クリームソーダってまたレアやなぁ…、あの渋谷→原宿の間にあるあれね。チェーン付きの財布は当時ホント流行った、僕も買いそうになったけど、どう言う訳か、その時古着が欲しくて、財布は買わなかった(笑)。アナーキックと言えば小泉今日子も着てたり、ステューシーなんかもこの頃流行り始めた様な気がする、藤井フミヤもステューシーだった。そして、またまたその時の僕は、スニーカーが異常に欲しかった気が…。」 |
| ラ: |
「スニーカーは俺も狂った様に買った、田舎に住んでた頃は、エアジョーダンの1stとか、潰れる寸前のスポーツショップでセールしてたり、スニーカーに『ビンテージ物』と概念が無かったから、バイヤーが国内で買い付け出来てた、87、88年位で、最先端の人が、古いスニーカーを履いてた時代。」 |
| 3: |
「確かに確かに!、今考えると、僕が十代の頃、年上のお姉さんが、ジョーダン1st履いてて、『カッコイイ〜』と憧れたもんです、その後アディダスからナイキ、プーマと色々探した、ナイキのエアパイソン(注5)やアディダスのトーナメント(注6)はこの頃神戸で掘り当てた、でも一番履いたのは、最近復刻されてしまった、アディダスのエルドラド、あのRUNDMCモデル。」 |
| ラ: |
「昔、たしかまだ東京に出て来て1年目位で、そんなスニーカーやらにかぶれていた頃、実家の方で自動車教習所に通う事になった、その時はグッドイナフとか好きだったから、ベレー帽にリストバンドみたいな出で立ちで教習所に行ってた、田舎だから浮いてたのか、教官が『高橋君は何か特別なスポーツでもやってんの?』だって(笑)、今は田舎だからってそんな事無いよねぇ。」
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| 3: |
「(爆笑)ヒーヒー、吉田戦車の『伝染るんです』みたい…、でも僕もジョーダンのキャップだかパイレーツのキャップだかを地元で被ってたら、オカンに『頼むから、エエ歳して近所で野球帽被るンやめてっ!』と言われる始末、カンゴールの時も『なんで若いのにそんなおばちゃんみたいな帽子被るン、もー近所ではやめてっ!』やて(笑)、田舎はしかたない、で、やっぱり近所では被らず、遊びに行く途中の電車やバスで被ってた(笑)。」 |
| ラ: |
「ほんとヒップホップってのは、いろんなタブーをO,Kにして来た様な気がするね、今の若いコ、特に女の子アフロなんて、コントでしか見た事無かったけど、今じゃ全然普通になってる。だけど逆に、RUNDMC知らない世代がヒップホップを聴く様になったとして、俺なんかがカンゴール被ってるの見て『変わった帽子ですね』なんて言われたらどうしよう…、みたいな。」
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| 3: |
「でもオールドスクールの所謂王道的なファッションは、カンゴールのパイル地ハットにしろ、トラックスーツにしろ、今や認知されて来てると思うけどね。僕らがシュガーヒルギャングをリアルタイムで知らない様に、今のコもそんな感じでトラックスーツなのかも…。と言う事で、カルチャーも様々な角度から書きまくった訳ですが、次回は『実践!テクニック編!』機材から技術、スタジオでの話し等、ありとあらゆるテクニックを網羅!!、本当か?!、乞う御期待。」 |
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